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鎌倉の世界遺産登録に立ちはだかる人口増加政策

佐藤夏生2008/02/26
神奈川県の古都・鎌倉は、国が世界遺産の暫定リストに掲載したものの、その後、市政の文化遺産に対する取り組みは遅々としてすすまない。市政の両輪に、片や世界遺産登録による文化財保護、片や人口増による税収アップを据えたために、お互いがお互いの足を引っ張る結果となっているのではないか。
神奈川 まちづくり NA_テーマ2
 三浦半島の付け根に位置する鎌倉は、関東地方で最初の首都になった地だ。源頼朝が武家政権を開いて中世の扉を開けたと言われる。1992(平成4)年には、国が世界遺産の暫定リストに掲載している。その後、1996(平成8)年に鎌倉市の積極的な取り組みが始まったが、すでに観光都市、ベッドタウンとして人気を誇るだけに、登録の基準に簡単には達することができない。本登録が遅れ続けた結果、後から名乗りを上げる他の地に、次々と先を越される格好となっている。

 そのようななか、いよいよ2008(平成20)年度には、9月に国に申請の書類を上げ、年度末の09(平成21)年3月には、国がユネスコに推薦書を提出する運びであるという。しかし、国が世界遺産に推薦できるのは1年に1件であるだけに、本当にこのままで世界遺産登録が可能かという危惧を持たれていることも確かだ。その危惧が、最近では直接鎌倉の世界遺産登録に関わっている学識者から、苦言として呈されるようになっている。その経過を追った。

鎌倉の世界遺産登録に立ちはだかる人口増加政策 | 伊藤正義・鶴見大学教授。2007年10月21日「武家の古都・鎌倉」シンポジウムで。
伊藤正義・鶴見大学教授。2007年10月21日「武家の古都・鎌倉」シンポジウムで。
鎌倉の古都景観を破壊する山林開発が続発
 ここ数年、鎌倉市の世界遺産登録推進活動は活発化している。しかし、それと並行して、鎌倉市内には営利目的による景観破壊が横行している。緑の景観をます斜面の山林や、市街地の山林を壊して小さな戸建てやマンションを開発するケースが増えた。それに伴って、反対運動や保全運動も頻発している。

 緑豊かな環境を保ちたいとする市民と、持てる財産を有効活用したいと考える地権者や、鎌倉の人気と開発しやすさに惹かれてくるディベロッパーの利害が対立するためだ。市の開発許可や開発指導を担当するセクションは、反対運動は住民エゴではないかと考える傾向にある。しかしながら、山林開発は歴史都市鎌倉の景観を大きく損ねることにつながっている。
 
『蔵風得水』の地、だれもが安心できる鎌倉の龍体の地形環境を保全する必要性
 このような鎌倉市の開発容認姿勢に対し、苦言が目立ち始めたのが2007年秋からといえるだろう。

 最初に口火を切ったのは、前文化庁主任文化財調査官の伊藤正義・鶴見大学教授だった。2007年10月21日に鎌倉で行われた、世界遺産登録推進協議会のシンポジウムで、樋口忠彦さんの著書『日本の景観』を基としながら、「鎌倉の景観は背後に山を背負っている『蔵風得水』の地、『四神相応』の地」であり、「母の膝の上から見た景色」と同じ「平和な空間、もっとも安心できる空間」であって、「武家の安心できる、だれもが安全だという地形環境をこれ以上壊すことはやめなければならない」※ と語っている(伊藤教授はまた、鎌倉を取りまく三方の山を「龍体」と譬えておられた。そこから私たちの願いを聞き入れてくださり、『(仮)いざかまくら!武家の古都ドラゴントラスト』を立ち上げようとしているが、それは別稿で紹介したい)。
 ※ 武家の古都・鎌倉ニュース第6号 1−2P

鎌倉の世界遺産登録に立ちはだかる人口増加政策 | 向かって右が五味文彦・放送大学教授、左が上野邦一・奈良女子大特任教授。2008年2月9日、古都フォーラム、自治研究センター、鎌倉世界遺産登録推進協議会共催のパネルディスカッションで。
向かって右が五味文彦・放送大学教授、左が上野邦一・奈良女子大特任教授。2008年2月9日、古都フォーラム、自治研究センター、鎌倉世界遺産登録推進協議会共催のパネルディスカッションで。
都市の名、地名であることを超える「鎌倉」の、7つの文化と景観
 そして今年2月9日、古都フォーラム、鎌倉自治研究センター、鎌倉世界遺産登録推進協議会が共催したパネルディスカッションでは、2人の研究者から檄が飛んだ。

 まず、日本国内の文化遺産を調査・審議する<文化審議会文化財分科会世界文化遺産特別委員会>の委員長代理である五味文彦・放送大学教授は、鎌倉の世界遺産登録に、恩師である故・石井進 東京大学名誉教授の跡を継ぐ形で関わってこられた経緯を述べられた。五味教授は、鎌倉の文化を景観との関係で位置付けて捉えようと考え、次の7点にまとめられた。

 (1)山の文化を背景とした坂の文化 (2)谷の文化 (3)丘の文化 (4)平地の文化 (5)浜の文化 (6)海の文化 (7)周辺の地の文化

 この7つの文化に分類して整理し、さらに歴史的な変遷を加味して、今の「武家の古都・鎌倉」というコンセプトが生まれたという。その表現の「鎌倉」には、「貴族に低く見られていた武士が民衆的な要素をもつ新たな文化の担い手になって、文化をはぐくんだことが内意されており、『鎌倉』は単に政権所在地や都市の名前ではなく、鎌倉時代の鎌倉であり、鎌倉新仏教の鎌倉であり、7つの文化の育まれた鎌倉」(「鎌倉と世界遺産」五味文彦/佐藤信編『世界遺産と歴史学』収録 山川出版社)であると述べられている。

鎌倉市の古都保存の姿勢に、鎌倉を深く研究する学識者から警鐘
 しかしながら五味教授は、鎌倉の文化遺産に対する姿勢や取り組みが遅々として進まずまた消極的であることを嘆いた。

 基軸である八幡宮と若宮大路の整備、保存の形が見えてこない。武家の拠点であった大倉御所(現在の清泉小学校等)の発掘に動きがない。先方に打診もしていないのではないか。発掘保存の体制が整っておらず、すべて記録保存(開発対象とされた場合などに、発掘調査するが、記録として残すだけで破壊させる)で遺構は廃棄されてしまう。 

 このため、現在推薦書を書いているが、「武家の古都・鎌倉」にはできず、「武家の古都・鎌倉の文化財」に限定せざるを得ないという。

 このような鎌倉の状況から、鎌倉の考古学はもうだめです、という研究者が多く、鎌倉の研究が進まないと、心から危惧されている。鎌倉市に予算がないために、五味教授らは自ら「吾妻鏡」の現代語訳(※)を著して、鎌倉への興味を喚起しようとしている。研究がしっかりすることが何より大切と述べられた。(※ 『現代語訳 吾妻鏡』吉川弘文館 全16刊

 この日は、ICOMOS会員の上野邦一・奈良女子大特任教授もまた、十数年ぶりに訪れた鎌倉がひどく様変わりしているのに驚いておられた。

鎌倉の世界遺産登録に立ちはだかる人口増加政策 | 西村幸夫 東京大学大学院教授。2007年5月19日、鎌倉ユネスコ協会主催の講演会で。
西村幸夫 東京大学大学院教授。2007年5月19日、鎌倉ユネスコ協会主催の講演会で。
景観三法制定、国際社会の意識改革、日本の文化を世界に知らしめる努力が続けられる
 遡ること数年前、当時世界遺産登録の行方を左右するICOMOS(国際記念物遺跡会議)副委員長として、日本からただ一人参加していた、東京大学大学院教授の西村幸夫さんの話を鎌倉で初めて聞いた。鎌倉の世界遺産登録に関する、同じく古都フォーラムの講演会だった。

 当初、鎌倉の世界遺産登録の対象は、都市の三方、東西北を囲む山域にある防衛遺構だという目算があったのだが、2000(平成12)年の山稜部の調査で、周辺の山域では極楽寺周辺の一部を除いて防衛遺構と思われるものはほとんど見られないことがわかった。というより、山域は、わずか20cm掘ったところに中世の遺構が遺されているなど除けば(しかもそれは荼毘址などだったが)、それら祭祀葬送遺構を除けば、これといった造形の跡は残されていなかったのである。

 西村教授は、しかしながら、鎌倉から逗子に到る江戸期の巡礼古道がある以上、中世の参詣道であった可能性があるという私たちの主張を聞いて、世界文化遺産には「文化の道」があるのだから、巡礼古道も世界遺産になる可能性があるかもしれないと力づけてくれたのだった。

 その後、熊野古道が世界遺産登録されたが、鎌倉から逗子に入ったところで、逗子側の巡礼古道は周辺山林を開発されて寂しい姿になってしまった。しかしながら、このような市民のかすかな願いを聞きとめてくれたのだろうか、西村教授は景観3法の制定のために尽力してくださったと伺い、皆で深く感謝したのだった。

日本の世界遺産条約批准が、世界文化遺産にアジアの視点をもたらす
 2000年の山稜部の調査により鎌倉市は、周辺の山域を世界遺産にという当初の期待をあきらめて、鶴岡八幡宮、大仏(高徳院)、建長寺と円覚寺に代表される禅宗寺院を3本の柱に据えて、「武家の古都・鎌倉」というコンセプトのもと、歴代北条政権ゆかりの寺社や遺構を登録する方向となった。面的対象の登録から、点的対象の登録へとシフトしたのである。ここでまた問題が明らかになった。鎌倉の寺社には中世の建築物がほぼ皆無だったのである。

 西村教授の闘いはここからまた始まったのだろう。日本の木と紙の文化は、そこに固有の本格的な技術伝承を伴っていることをアピールして、そこにあるアジアアフリカに共通する真正性について、本物とは何かについて提起し、ヨーロッパの石の文化、建築物がそのまま遺されている文化とは違う、つくっては壊す、再び同じ技術、工法で同じものを作る、その伝承の真実性を訴え、世界に認めさせていったのである。

 そのことは、2007年5月の、鎌倉ユネスコ協会の講演で伺った。ふと冗談めかして、これまでの世界文化遺産の基準では、鎌倉でそれに当てはまるものは中世に鋳造されたことが明らかな、高徳院の大仏だけであることを示唆されていた。それでも、2007年11月には、“CULTURALHERITAGEINTHE21stCENTURY OPPORTUNITIESANDCHALLENGES”に“AuthenticityWoodenArchitectureandEnhancementofIts Craftsmanship”(※)という論文を掲載して、日本の木造建築が、その伝承技術により高い真実性を持つことを訴え、鎌倉の寺社建築の価値を側面から支援しようとしてくれているのがわかる。”(※:http://ud.t.u-tokyo.ac.jp/book/books.html

 伊藤正義教授も同様の努力を、当時の文化庁担当者として世界に発信しておられたという。このような関係者の努力が実を結ばないとしたら、それは鎌倉市の責任ではないだろうか。鎌倉市の問題は、市政の両輪に、片や世界遺産登録による文化財保護、片や人口増による税収アップを据えたために、お互いがお互いの足を引っ張る結果となっているのではないか。

開発を止められない鎌倉市の現況と元凶
 世界遺産登録のために、鎌倉市は中心部・若宮大路等の土地価格の際立って高い商業地域において、これまで行政指導で何とか保ってきた高さ15m以下の規制を景観法や高度地区といった法例による規制に切り替えることになった。扇谷のような、元々の別荘地で2階建てが望ましいと考えられている地域まで一律15m規制にしたために、閑静な住宅地にマンション建設を呼び込む気ではないかという憶測も呼んでいる。住民のニーズに合ったきめ細かい規制が望ましいのは言うまでもない。

 あるいは、深沢に新たにJRの新駅をつくろうという構想も浮上している。別稿で述べる予定だが、深沢地域には古都鎌倉の文化財がまだ眠っている可能性がある。新駅をつくるにしてもその調査が必要である。いずれにしても、古都鎌倉の景観を破壊するものであっては、これも世界遺産登録推進、即ち、文化遺産の尊重・保護の政策と相反するものになってしまう。
 
 今、鎌倉市と市民は、持続的な地元振興につながる文化財保護と観光の政策を取るか、刹那的に財政安定をもたらす開発優先の人口増加政策を取るかの選択をすべきといえばいいかもしれない。しかしながら、鎌倉の文化財は世界遺産、世界の文化財と目されるほどの価値を持っている。財政の問題から開発で古都の環境破壊を許していいとは到底思えない。

 古都保存法制定のとき、「まず、山域を保全する。そのうえで、文化財の有無やその価値を確かめていく」という方針が貫かれた。おかげで現在、鎌倉は首都圏で唯一、一団として世界文化遺産の登録候補となるほどの文化遺産を遺し得た。今一度、古都保存法の原点に立ち返り、古都保存と地域の活性化のために、鎌倉とそれを取り巻く都市は、どのような未来像を描くべきか考えて行けないだろうか。

歴史と現代が見つめあう文化を醸成する都市へ
 それにしても、国際社会で活躍する複数の学識者の方々が、鎌倉の文化遺産保護と研究のために全力を傾けていることは、鎌倉の文化遺産の価値の奥深さを証明していると感じる。古都鎌倉の世界遺産登録が、歴史と現代の向き合う文化として成熟していくことを期待するのである。
◇ ◇ ◇

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